2018年05月07日

小さな奇跡

お寺では毎日、何かしら嬉しいことが起きます。普通では考えられないほど頻繁に起きるので、私たちは「小さな奇跡」と呼んでいます。なぜだろうと考えていると、一つの答えが頭に浮かびました。それは、お寺に集まる人々の話す言葉や行いが「素直さ」から出ているということです。仏様の前では誰でも素直になります。嘘を言ったり、我を張る人はいません。その素直さが、本人だけではなく、私たちをも嬉しい気持ちにしてくれます。

お寺には、悲しむ人、苦しむ人、怒る人も集まります。暗い雰囲気になっても不思議ではないのに、そうはならないのは、皆さんが素直に心を打ち明けるからです。重苦しい話でも、どこかに清々しさが残るのは、素直さが根底にあるからです。「お寺は気持ちがいいですね」と誰もが言います。それは、素直な自分になれるから。そして、素直な自分であることが嬉しいからだと思います。

posted by むしょうさん at 07:41| Comment(0) | 日記

2018年05月04日

問い:私は何のために生まれてきたのですか?

答え:別の命を支えるためです。

ですから、別の命を支える生き方をしましょう。それが自然な生き方です。その生き方で、あなたは必要十分な幸せを得られます。これ以外の生き方、自分の命のためだけに生きる生き方は、不自然な生き方です。この生き方では、一時の喜びは得られても、幸せは得られません。自分が何のために生まれてきたのかを知れば、生き方は自然に定まります。

これは、仏教の根本思想「縁起」に基づくお話しです。縁起では、全ての命はつながり合い、支え合っているとします。ある命は、別の命の支えによって成立しています。一つの命が、他とつながりを持たずに単独で存在することはありません。

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2018年04月10日

【心の僧談】水子供養

正雲寺に寄せられるお悩みの一つに人工中絶の問題があります。多くのお父さんお母さんが罪の意識に苦しんでいます。この罪とどのように向き合い、そして乗り越えていくのか、水子供養を例に考えたいと思います。



タグ:水子供養
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2018年03月12日

強情な人との向き合い方

正雲寺は人里離れた山寺で、周囲には山と川があるだけです。毎日ここで自然の移り変わりを見ていると、時々「なるほど、そうだったのか!」とハッとすることがあります。それは、当たり前のことだったり、すでに言い古されたことだったりします。それなのに、今になって急に胸に迫り、強く心に刻まれることがあるのです。それは「知る」ではなく「気づく」ということなのでしょう。

この冬もたくさんの雪が積もりました。12月から2月までの三ヶ月間は、毎日が除雪作業です。雪の下の方はすで氷の塊となっていて、力任せにツルハシを振ってもはね返されるばかり。その度に氷の破片が顔に飛んで来て痛い思いをします。なかなか作業は進まず、私はますますむきになってしまいます。それはまるで氷の塊と格闘しているようです。

3月になると春が訪れます。太陽は日射しを強め、それに応えるように地面は生気を取り戻します。春の陽気が、重い氷を見る見るうちに溶かして行きます。私が何日もかけて格闘した氷を、太陽はわずか数時間で溶かしてしまいました。しかもとても平和的にです。太陽が「さあ、そろそろ春の日射しを届けよう」と言えば、氷は「ではそろそろ私はおいとまします」と答えるのです。両者は穏やかに向き合って格闘などしません。

人は「人間も自然の一部」などと言いながら、自然の営みに真実を見ようとはせず、自分勝手な解釈を探そうとします。しかしそれはいつでも遠回りに終わったり、無駄に終わったりします。人間が自然の一部なら、私たちも自然の営みと同じであるべきだと思うのです。そこに見える真実のとおりに生きられれば、遠回りも無駄もありません。自然の営み中にある真実は、木で例えるなら、幹の部分です。一方、自分勝手な解釈は枝葉に過ぎません。もしかすると枝葉でさえないかもしれません。

強情な人と向き合う方法は、太陽が氷にするように、春の日射しを届けることです。力任せにツルハシを振るうのは、表面のわずかな部分を削るばかりで、とても長い時間がかかります。途中で抵抗にあって、痛い思いをするかもしれません。決して得策とは言えませんね。強情な人は、いわば氷の塊です。その氷を溶かすのは、あなたが放つ春の日射しです。時々、ツルハシで割れ目を入れるのも良いかもしれません。溶けるのが速くなります。しかしツルハシを入れるポイント、即ち「氷の目」を心得ていないと割れ目は入れられません。もしあなたに心得がないなら、手当たり次第にツルハシを振るうことはせず、ただ暖かな春の日射しを注ぎ続けてください。そしてその日差しが強ければ強いほど、氷が溶けるのも速いことを知っておいてください。

自然の営みは、すぐに答えを求めようする私たちには、まどろこしく見えます。しかし本当は、最も合理的で、一番の近道で、そして何よりも平和的な姿なのです。

posted by むしょうさん at 12:08| Comment(0) | 人生相談

2018年03月09日

東日本大震災物故者追善法要のお知らせ

日時:2018年3月11日(日曜日)、午後2時30分より
場所:正雲寺仏殿(会津本山・大分別院とも同時に開催)
内容:2時46分に合わせて黙祷、読経供養、ご焼香
費用:無料

どなた様でもご参列いただけます。お申し込みは不要です。当日、午後2時30分までに仏殿にお集まりください。

posted by むしょうさん at 10:49| Comment(0) | お知らせ

2018年02月16日

問い:マイナスの感情を消し去るには?

答え:心の中にいくつも引き出しを持ちましょう。

人には誰にも言えない感情があります。自分を幸せにする感情なら良いですが、悲しみ、怒り、恨みといったマイナスの感情は厄介です。放っておくと心も体もむしばまれてしまいます。人はこのマイナスの感情によって、人生を左右するような大事な決断をしてしまうことがあります。勢いで会社に辞表をて叩きつけたり、勢いで言ってはならない言葉を吐いたり、勢いで自死を選ぶことがあります。後悔してもすでに手遅れです。マイナスの感情は、人の正気を失わせ、人生を狂わせるほど激しく強いのです。

こうしたマイナスの感情を心の中から消し去りたいと思うのは当然です。「楽になりたい」という願いと、「このままでは自分は過ちを犯しかねない」という危機感がそうさせるのでしょう。多くの人がこの思いを抱いています。ところが現実には、「消したくても消せない」ままずっと苦しみ続けます。

マインドフルネスは古くからマイナスの感情を消し去る方法として実践されてきました。正しい精神集中によって、起きている現象の中にある真実を観察し思考の転換を図る努力です。仏教でも「正念」と呼んで大切にしています。これができる方はそれでいいのですが、多くの方は漫然としてただ悩み続けます。私はそうした方々に「心の中にいくつも引き出しを持ちましょう」とお答えしています。

消し去れないのなら、ひとまず持っておくしかありません。心の中の「苦しみ」と書かれた引き出しにしまっておいてください。それでも苦しいのは、あなたが引き出しを一個しか持っていないからです。一個しか持っていないから、頻繁に引き出しを開けて中を覗いてしまうのです。もしこれが、いくつも引き出しを持っていたらどうでしょう。一つの引き出しには「私の夢のため」と書かれています。また別の引き出しには「愛する人のため」と書かれています。そして一番大きな引き出しには「乗り越えたこと」と書きましょう。

マイナスの感情を引き出しにしまっておくということは、黙って耐えるということに他なりません。多くの人は耐えることが嫌いです。もっとほかの方法はないかといつも探し回っています。しかしどこにもありません。ブッダは「忍耐は、苦行の中の苦行。耐える者は常に勝利者である」と語っています。

あなたは、耐えている間は一触即発の状態にあります。まるで爆弾です。誰かが言った他愛のない言葉が導火線に火をつけることもあります。とても危険な状態です。ですから、人里離れた場所で一人静かにしていてください。それができないなら、黙っていましょう。もし口を開けば、悪言が飛び出すからです。これは正しく苦行です。その時に別の引き出しを持っていれば、この苦行を乗り越えることができます。今の苦行は、私の夢のため、そして愛する人のためなのです。

この苦行を繰り返すうちに、「乗り越えたこと」と書かれた引き出しは、「乗り越えたこと」でいっぱいになっていきます。いつしかマイナスの感情をコントロールする術が身についています。思い通りにコントロールできるということは、決して振り回されないということ、支配されないということです。そしてこれは、心の中からマイナスの感情を消し去ったも同じなのです。

時々「乗り越えたこと」と書かれた引き出しの中を覗いてみましょう。フォルダーの厚みは今どれくらいですか。1センチですか。それとも2センチですか。フォルダーの厚みはそのままあなたの苦歴です。学歴や職歴などとは比較にならないほど、人生に深みと輝き与えてくれることでしょう。

posted by むしょうさん at 11:58| Comment(0) | 人生相談

2018年02月06日

『修証義』 第25節

「しゅしょうぎ」は、道元禅師(1200−1253)のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめ、仏さまの教えを易しく解説しています。皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業は私のライフワークになりつつあります。私の等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いです。

【現代語訳】
以上の布施・愛語・利行・同事を「四摂法(ししょうぼう)」といいます。菩提心を達成するためには、この四摂法の実践をおいて他にありません。お釈迦さまの四つの智慧で、苦しむ人々をこちらに引き寄せて、決して見捨てることなく助けるのです。すべての人々が四摂法によって、苦しみから解放されます。まことにありがたい功徳です。お釈迦さまとそのお智慧に深く感謝いたしましょう。

【法話】
これら四つの智慧は、人を導く立場にある者の心得、トップの資質のように見えるかもしれません。導く者と導かれる者との間にはもとから能力の差があって、導かれる者にとって四摂法は関係のない話だと思うかもしれません。しかしそうではないのです。道元禅師は「誰でも仏になれる」と言います。仏になれるかどうかは、資質や能力の差で決まるのではなく、今この瞬間に仏らしい振る舞いをしているかどうかで決まるのです。仏らしい振る舞いをしている間だけは、すでに仏です。仏のような心(考え方)を持ち、仏のような言葉を話し、仏のような行動をする。四摂法にはこれらすべてが集約されています。『修証義』の「修証」には、修行している間は、仏であることを証明して見せている、という意味が込められています。四摂法を実践している間は、あなたは仏さまです。そして「一生、仏であり続けて欲しい」という願いが込められているのです。

タグ:お経を読む
posted by むしょうさん at 06:54| Comment(0) | 現代語訳『修証義』

2018年01月17日

シャンちゃん

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シャンは大分別院の看板娘です。保健所で処分される寸前にお寺にやって来ました。この世から消えていても不思議ではなかった命です。その命が今、お寺に安らぎと平和をもたらし、私たちを支えてくれています。命の重みを教えてくれるシャン子さんです。いつまでも長生きしてね。

posted by むしょうさん at 09:10| Comment(0) | 日記

2018年01月02日

問い:善悪の基準がわかりません。

答え:仏教の答えは明快です。

他人が喜ぶことは善、自分だけが喜ぶことは悪です。正不正についても同じです。他人が喜ぶこととは、人(生きとし生けるもの)を傷つけることはしない、そのために自分の身を慎むということです。仏教では10項目を挙げています。年始にあたり、皆さまの今年一年の抱負にしていただければと思います。全部は無理でも、「これだけは守り通すぞ!」というものを見つけてくださいね。

@ 興味本位で命を奪わない。
A 人のものを盗まない。
B 道徳に反した性欲を持たない。
C 嘘を言わない。
D 酒に溺れない。
E 人の過ちを責めない。
F 自分を誇り、人を見下げない。
G もの惜しみしない。
H 怒らない。
I 人が信じるものを批判しない。

posted by むしょうさん at 07:03| Comment(0) | 人生相談

2018年01月01日

新年あけましておめでとうございます

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新年あけましておめでとうございます。

今年がどなた様にとりましても

幸せ多い一年となりますよう、

心からお祈り申し上げます。

合掌


正雲寺 僧侶一同



posted by むしょうさん at 00:00| Comment(0) | 日記