2016年07月31日

問い:水子とどう付き合っていけばいいですか?

答え:あなたのお子さんです。幸せにしてあげてください。

子供が幸せに思うことは何でしょうか。おもちゃやお菓子があること。動物園や遊園地に行くこと。友達と遊ぶこと。本人はあまり気付いていませんが、もう一つ、とても幸せな気持ちになる時があります。それはお父さんやお母さんが優しく笑っている時です。

水子ちゃんの存在が、いつまでもあなたの悲しみや苦しみの原因であってはいけません。「この子がいてくれたおかげで私は幸せになれた」と思えるように、水子ちゃんが自分の喜びとなるように努力してください。そうやってお父さんとお母さんに笑顔が戻れば、水子ちゃんは幸せな気持ちになります。あなたが一生、お子さんと仲良く幸せに暮らす秘訣は、水子ちゃんに感謝しながら、あなた自身が幸せになることです。

水子ちゃんのことでお悩みの方は、いつでもご連絡ください。なんでもお話しください。ご相談は無料です。

会津正雲寺 0242-28-1110(24時間対応します)
大分正雲寺 097-583-4433(24時間対応します)
正雲寺の水子供養 http://shounji.or.jp/mizuko.html


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2016年07月28日

問い:水子がいます。どうすればいいですか?

答え:お寺でお葬式をしてあげてください。

たとえ姿形がなくても、生きていた時間が短くても、命は確かに存在していました。その命が亡くなったのですから、大人と同じようにお葬式をするのは当然です。ではなぜお寺でなければならないのかというと、お葬式はお坊さんにしかできないからです。普通のご供養なら、自宅でどなたでもできます。霊前にお供物をお供えし、手を合せて心から祈ればそれでいいのです。しかしお葬式は違います。

お葬式というのは、亡くなった人を仏さまのもとに入門させて弟子にする儀式です。お葬式によって、その人が犯した罪は洗い流され、きれいな心ときれいな体になって仏さまのもと(「天国」「極楽」「お浄土」と呼び名は様々です)へ行きます。そこで他のお弟子さま達と一緒にずっと心穏やかに平和に暮らすのです。仏さまの弟子になるためには、「受戒」と言って16条の戒律(宗派によって異なります)を受けなければなりません。この戒律を授けられるのは、すでに戒律を受けているお坊さんだけなのです。お坊さんは生きている内にすでに戒律を受けて仏さまの弟子になり、厳しい修行を重ねています。いわば先輩、先生にあたるのです。

純粋無垢と思われる水子ちゃんでも、過去世までさかのぼれば、どこかで罪を犯しています。その罪を洗い流し、本当の純粋無垢になること。仏さまのそばでずっと安心して過ごしていただくこと。これが水子ちゃんのお葬式です。

水子ちゃんのことでお悩みの方は、いつでもご連絡ください。なんでもお話しください。ご相談は無料です。

会津正雲寺 0242-28-1110(24時間対応します)
大分正雲寺 097-583-4433(24時間対応します)
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2016年07月25日

『修証義』 第5節


「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「ブッダの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp


【第5節 現代語訳】
善の行いには楽の報いが、悪の行いには苦の報いがあります。では、報いはいつやって来るのでしょうか。その時期は三つです。第一は順現法受(じゅんげんほうじゅ)。あなたの行いの報いが、あなたが生きている間にやって来ることです。第二は順次生受(じゅんじしょうじゅ)。あなたの行いの報いが、次の世に生まれ変わった時にやって来ることです。第三は順後次受(じゅんごじじゅ)。あなたの行いの報いが、次の次の世以降にやって来ることです。結局は未来永劫に、報いが消滅することはありません。この三つの時期を「三時(さんじ)」といいます。ブッダの教えを学ぶには、初めにこの「三時」を信じることです。「行いの後には必ず報いがある」という理(ことわり)を信じない者は悪に走ります。そして生きながら地獄に堕ちるか、または来世以降に地獄に堕ちて、激しい苦しみを受けることになるのです。


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2016年07月22日

問い:嫌いな人とどう付き合えばいいですか?

答え:三つの方法があります。

ブッダは人の苦しみを八つに分類しました。その中の一つに「嫌いな人と付き合う苦しみ」というのがあります。ブッダがこのように明言したのは、この苦しみが誰でも避けて通れない真理だからです。まず、この事実を自覚することです。そうすれば、その苦しみが理由で過剰に自分をおとしめたり、または過激に相手を責めることもありません。あなただけが特別なのではなく、誰もが経験することなのです。この事実を客観視して心を乱さないこと、これが第一の方法です。それからブッダは「嫌いな人とは付き合うな」と仰っています。しかし、嫌いな理由があなたのわがままであってはいけません。ブッダは、避けるべき人として次のような人を挙げています。

〇みだりに生きものを殺す人
〇他人のものを盗む人(不倫も同じ)
〇嘘が習慣になっている人
〇酒や薬物に溺れている人
〇他人の過ちを責め立てる人
〇自慢話をする人
〇他人のあらを探して批判する人
〇物惜しみして与えない人
〇すぐに怒る人
〇他人が信じるものを非難する人

こうした人々とは付き合わないことです。これが第二の方法です。しかし、多くのしがらみがある社会で「付き合わない」と決めることは難しいでしょう。相手は古い友人だったり、会社の上司かもしれません。それはブッダが生きた2500年前も同じだったようです。そこでブッダはより現実的な解決策として、心の中ではっきりと距離を置くこと、相手よりも高い境地に立つことをすすめています。つまり、そのような人々と付き合いながらも「自分は決して真似をしない、染まらない」と決意すること。そしてそのような生き方が不幸しかもたらさないことを智慧として理解し、それを不憫に思い相手を憐れむことです。これが第三の方法です。これが最も尊い方法です。それだけに難しいことですが、あなたの思いやりの心、慈悲の心が相手を間違った生き方から更生させるかもしれません。自分も他人も幸せにして、最後には「好きな人」とか「嫌いな人」といった区別そのものをなくすこと、これが最上最善です。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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2016年07月19日

『修証義』 第4節


【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200−1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第4節 現代語訳】
多くの人々は、現世での善悪の行為によって、来世で生まれ変わった後に苦や楽の報いを受けるということを信じません。この因果応報の法則が、過去・現在・未来に渡って影響することを認めず、「苦の報いなどあるものか」などと勝手を言って、好んで悪事を働くような者に近づいてはいけません。この法則は、誰にも動かしがたい真理なのです。悪事を働く者は、地獄に堕ちて苦しみを受けます。しかし反対に、善い事をする人は、天上界に登って楽を受けるのです。この道理にわずかの狂いもありません。もし因果応報の法則などないと言うなら、ガウタマ・シッダールタという一人の若者が悟りを得てブッダとなり、摩訶迦葉(まかかしょう)が跡を継ぎ、菩提達磨(ぼだいだるま)が法を受け継いでインドから中国へ仏法を伝えたこと、つまり世代を超えて法が引き継がれ、今あなたの目の前に正伝の仏法が存在しているという事実をどうやって説明するのですか。

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2016年07月17日

謙虚は勇気のあかし


仏教が説くのは人の心です。この世のことは、すべて自分の心が作り出した幻影にすぎないと説きます。私たちは自分の都合のいいように真実を曲げて解釈します。真実を真実として見ないのです。この過ちは、阿羅漢(あらかん)と呼ばれる最高位の聖者以外は誰でも例外なく犯しています。

仏教は「あなたが真実だと思っていることは真実ではない」と説きます。あなたが見ている世界の外に、あなたの知らない真実があるということです。それゆえ私たちは物事を断定的に見たり、断言してはならないのです。自分では真実を語っているつもりでも、実際は自分の思い込みを相手に押しつけているにすぎないからです。「ぜったい〜だ」といった断言の多い人は、自分自身と自分の世界に対して執着心が強く、真実を求める心に欠けた人と言えるでしょう。そのような人は虚言が多いために結局は信頼を失います。

仏教は、私たちに一つの正しい生き方を教えてくれます。それは「いつも謙虚であれ」ということです。世間では、謙虚であることが時として弱気ととられたり、愚かと見られることがあります。その結果、自分を卑下することになりかねません。しかし真の謙虚は、そうではありません。自分の思い込みを客観的に自覚し、その心が発する言動を抑え、自分の外にある真実を見ようと努力することをいうのです。智慧と勇気があって初めてできることです。智慧によって、すべては自分の心が作りだした幻影だと自覚し、勇気をもって自分の殻を破り真実を探求するのです。そのような人を仏教では「真理をより所とし、他の何にも偏らない人」と呼びます。謙虚であることは、真実に生きることと同じなのです。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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2016年07月15日

『修証義』 第3節


【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200−1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第3節 現代語訳】
無常の命は、むなしく消えていきます。例えるなら、草の葉に落ちた一滴の朝露のようなものです。命は時にさらされて、一刻も止まることがありません。若くありたいと願っても、実際は面影すら残さないのです。過ぎ去ったものを戻すことはできません。たとえ国王、大臣、親族、妻子、財産であっても、死に面したあなたを助けることはできません。あなたは、たった一人で死んでいくのです。その時、あなたと共にあるのは、あなたが生前に為したこと、ただ善悪の行いだけなのです。

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2016年07月13日

問い:幸せを感じられません。

答え:それは人を幸せにしていないからです。

努力なしに幸せになることはありません。では、どんな努力をすればいいのでしょうか。一生懸命に働いて地位やお金を手に入れることでしょうか。確かに一時的には喜びを得られるでしょう。しかし同時にそれらを失う不安も手に入れることになります。「いつかは失うかもしれない」という不安と隣り合わせの幸せは、本当の幸せとは言えません。不安や恐怖がなく、いつも平穏な心でいられること。これが本当の幸せです。そして本当の幸せを得る方法は一つしかありません。仏教では次のように教えています。

この世のいかなる幸せも
すべて人の幸せを願うことから生じる。
この世のいかなる苦しみも
すべて自分の幸せを願うことから生じる。

この法則は真理です。異義を唱えることはできません。人のためにと思ったことが、かえって自分の喜びになったというのは誰でも経験があるでしょう。多くの人がボランティア活動に夢中になるのもこのためです。「愛する人を幸せにしたい。そしてその人が幸せになってくれれば自分も嬉しい」。こんな気持ちは誰にもあります。無意識にこの法則を実践しているのです。実践して分かっているのに長く続かないのです。
今あなたが幸せを感じられないのは、あなたが自分だけの喜びや楽しみを求めすぎている証拠です。利己的な感情を抑えて、どんな小さなことでも構いませんから、人が喜ぶことを実践してください。笑顔を見せたり、優しい言葉をかけたり、席を譲ったり、荷物を持ってあげたりです。これが幸せになるための努力です。「幸せを感じられない」と思った時は、あなたが変わる時です。本当の幸せを獲得する最大のチャンスと言えるでしょう。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

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2016年07月12日

『修証義』 第2節


【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200−1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第2節 現代語訳】
人間として生まれることは、大変に幸運なことです。地獄や餓鬼、畜生や修羅の世界に生まれていても不思議ではなかったのですから。その上、今こうして仏法に出逢えたというのは、人間の中でも極めてまれな幸運と言えるでしょう。ご先祖様が積み重ねてきた善行の結果を私たちが幸運として授かっているのです。私たちは輪廻転生という形で、何度も何度も生まれ変わり、苦しみの多い人生を懲りずに繰り返しています。しかし今このような幸運にあるあなたの人生は、これまで繰り返されてきた人生の中で最も善く、最も優れたものと言えます。せっかく授かった幸運なのですから、自分の命を大切にし、有効に使って下さい。幻のような虚しいことに時間を浪費しないで下さい。

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2016年07月11日

お悩み相談 「ぼやく寺」

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誰もが悩みを抱えています。小さな悩みから大きな悩みまで様々です。家族にも言えないことだってあります。それでもお坊さんには話せるかもしれません。人が困ること、人が悲しむことは決してしないのがお坊さんです。安心して話してください。世間の常識ではなく、お釈迦さまの常識で物事を見れば、いつもの景色も一変します。「ぼやく寺」には、偏見も差別もありません。気軽に集えるみんなのお寺です。

ぼやく寺
http://shounji.or.jp/osirase.html#boyakuji

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