2018年11月10日

LINE通話で心の相談

今までは電話でお悩みの相談を受け付けていましたが、これからはLINEの無料音声通話に変更させていただきます。電話でのご相談はしばらくの間お休みします。ご相談は面談の方が優先です。できれば、お寺までお出でください。

● LINE通話は毎日19時から21時までです。
● 他の方と相談中はお受けできません。
● ビデオ通話やトークでの相談はご遠慮ください。
● LINE通話は一回30分までとさせていただきます。
● 面談を希望される方は日時を教えてください。

【LINE通話の宛先】
IDは、mushosan です。友だち検索してください。

【LINE通話の前に】
受付は19時から21時までです。こちらで「友だち追加」をした後に通話ができます。私(むしょう)一人で担当していますので、ご相談が多いときは繋がらないことがあります。その場合は、しばらくしてからかけ直してください。

【担当のむしょうより】
絶対に自殺をしてはいけません。あなたが生きていてくれるから、別の誰かも生きていられるのです。でも、そのことに誰も気が付きません。みんな自分のことで精一杯だからです。あなたは間違いなく大切な人です。


posted by むしょうさん at 10:22| Comment(0) | お知らせ

2018年11月04日

トモちゃん

正雲寺に新しい仲間が増えました。2018年7月20日、炎天下の境内でのこと。愛犬センが突然興奮気味に吠えはじめました。びっくりして吠えている方向を見ると、50メートルほど先の車の下でコソコソと動く影があります。私は何だろうと思いそっと近づきました。すると、そこには全身の毛を立てて「シャー」と威嚇しながらこちらをにらむ子猫がいました。私の手のひらに乗るほどの小さな命です。とてもおびえていました。

私たちは、長年一緒だった猫のゆふちゃんを亡くしたばかりで、お寺に猫がいないのを寂しく思っていました。動物愛護センターの保護猫を譲り受けようか、それとも猫好きの知人に声をかけようか、などと話し合っていたのですが、「やっぱりご縁に任せて、お寺に(野良)猫がやって来るのを待とう」ということになりました。しかし、それがいつになるのか分かりません。

そんな時にこの子猫が現れました。推定年齢2ヶ月。私はとっさに素手で捕まえようしましたが、子猫の素早さに追いつきません。どうしようかと悩んでいたところ、近くにいた子供達が「どうしたの?」と声をかけてくれました。そこで子供達と作戦を立て、全員で子猫を取り囲もうということになりました。幸い子猫は体力がないらしく、10メートルほど逃げるとすぐにうずくまってしまいます。その時がチャンスです。私は虫取り網を持ち、子供達が逃げ道を塞ぐのを待ってから静かにゆっくりと近づきます。「大丈夫、怖がらなくていいよ。友達だからね。友達、友達」と何度も言いながら近づきます。一度素手で捕まえたのですが、すり抜けてしまいました。今度は絶対に逃がすまいとゆっくりゆっくりです。私は無意識に「トモちゃん」と呼んでいました。友達だからトモというわけです。あと20センチ、10センチ。子猫は先ほどとは違って逃げようとしません。それどころか「トモちゃん」と呼ぶたびに小さく「ミー」と答えます。こうして子猫は無事に保護され、名前も「トモ」になったのです。

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こんなことがあるのでしょうか。ゆふちゃんが亡くなって、次に「ご縁に任せよう」と決めて、それからセンちゃんが知らせてくれて、私が子猫の存在に気づいて、人手が必要な時に子供達がいて…。そうやっていくつものご縁に支えられてトモはやって来ました。偶然ではない大きな力が働いているように思えてなりません。トモの命を、ゆふちゃんが、センちゃんが、そして子供達が支えたのです。命は互いにつながっているのですね。

やんちゃな子猫のこと、それからが大変です。現在トモは6ヶ月。私の部屋で怪獣のように暴れています。静かだった私の生活は一変。トモに振り回される毎日です。もちろん、楽しくて幸せな日々です。寺猫トモちゃんの様子はツイッターでも時々お知らせしています。よろしければご覧ください。

むしょうのツイッター
https://mobile.twitter.com/mushosan

posted by むしょうさん at 12:49| Comment(0) | 日記

2018年11月03日

『修証義』 第27節

「しゅしょうぎ」は、道元禅師(1200−1253)のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめ、仏さまの教えを易しく解説しています。皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業は私のライフワークになりつつあります。私の等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いです。

【現代語訳】
考えてもみなさい。もしお釈迦様が真理をお説きにならなかったら、私たちが正しい教えを求めて、それに忠実に生きようと願っても、それは叶わなかったのです。〔しかし、嬉しいことにそれは叶います。ですから〕正しい教えに出逢えるようにいつも願うのです。お釈迦様は仰っています。「もし正しい教えを説く師に出逢ったら、その人の氏素性を探ってはならない。容貌を見てはならない。行いに非があっても〔それには深い意味があるのであるから〕批判してはならない。修行の方法を疑ってはならない。ただ教えのみを尊重すれば良いのである。師を礼拝して敬い、信じて従うことである」と。

【法話】
私たちは、語られた言葉を聴かず、誰が言ったのかを気にします。それが批判めいた言葉であった時「あなたに言われる筋合いはない」などと腹を立て耳を傾けません。それが正しい批判であってもです。カチンと来る心やプライドが正しい教えをはばんでいます。正しいこと、真実なことを語る人に出逢えたら、それはとても幸運なことです。もしそんな人に出逢えたなら、素直になって、黙って付き従うことです。そして余計なことは詮索せず、語られる言葉だけをしっかり理解するように努めましょう。あなたの人生で、そのような人はもう二度と現れないかもしれないからです。

タグ:お経を読む
posted by むしょうさん at 18:50| Comment(0) | 現代語訳『修証義』