2020年07月12日

ご奉仕のすすめ

お寺には、建物内外の掃除をしてくれたり、土木作業を手伝ってくれたり、定期的にお花を持参して飾ってくださる方々がいます。アルバイトやパートのお仕事ではありません。お寺からは一度もお金を出したことがないのです。それどころか、皆さん手弁当で、ご自分のお金と時間を使って来て下さいます。このような献身的な行為は、今は「災害ボランティア」の中によく見られますね。しかしお寺では日常の光景です。

お寺ではこれを「ご奉仕(ほうし)」と呼んでいます。私心を捨てて、他のために力を尽くすことです。相手は神仏や故人です。よく耳にするのは「私が今こうしていられるのは仏様のおかげです。これぐらいはさせてください」という声や「故人がきっと喜んでくれると思います」といった声です。

私心を捨てるとは、損得や効率を考えるのをやめるということです。この労働がいくらのお金になるのか、どうやれば少ない労力で効率が上がるかとは考えません。ただ相手の喜びや幸福だけを願うのです。1円にもならなくても、効率が悪くても構わない、相手が喜んでくれればそれで良い。そういう風に、普通の賃金労働とは異なる価値観で成り立っているのがご奉仕です。

しかしご奉仕は、思わぬ利益をもたらします。それは心が清らかになることです。すがすがしい気持ちと充実感をもたらします。仏教は心を清らかにすることを第一義にします。心が清らかなら、すべての幸福が手に入るからです。この多大な利益を考えると、「他のため」と言いながら、実は自分のためでもあるのです。

ご奉仕をしてくださった方に、私たち僧侶は「ありがとう」とは言わない約束です。ご奉仕は、自分の心を清めるための正精進(しょうしょうじん:正しい修行)だからです。もし言うとすれば、「ご精進、ご苦労さまです」でしょうか。ただ実際には「ありがとう」と言ってしまいますね。言わずにはいられないのです。ご奉仕をしている姿は、どなたも光り輝いています。その様子を見れば「尊い姿を見せてくれてありがとう」となります。

皆様にもご奉仕をおすすめします。家庭でも会社でもできることです。「そんな1円にもならないことを…」というお考えの方もいらっしゃることでしょう。1円を稼ぐことはとても大切です。しかし、人生にはそれ以上に大切なことがあります。それは汚れている心を清めることです。人間が成熟するとは、お金持ちになることではありません。自分の心がどれほど汚れているかをよく知って、少しでも清らかになるよう努力し、その清らかなら心で周りの人たちの幸福に貢献することです。


【これもチェック!】
仏教の第一義は「自浄其意:じじょうごい」です。「自分で自分の心を清めること」です。もしこの努力を段階分けするなら次のようになるでしょう。「ご奉仕」はAとCに相当します。

@ 汚れている心を認識する。
A 汚れを取り除く努力をする。
B 汚れが取れて清らかになる。
C 清らな状態を保つ努力をする。

皆様のご精進を応援します!

posted by むしょうさん at 10:55| Comment(0) | 人生相談