2016年08月11日

問い:ここから逃げたいです。

答え:置かれた場所で咲きなさい。

私がお慕いする宗教家の一人に、渡部和子というカトリックのシスターがいます。今年、89歳におなりです。答えに示した「置かれた場所で咲きなさい」は、シスターのお言葉です。同名の著書がありますので、ご存じの方も多いでしょう。この言葉は、シスターがまだお若く、悩むこと多かった時代に、ある宣教師から贈られた英詩で、原意は「神があなたをお植えになった場所で咲きなさい」であったものをシスターが「もっと日本人に馴染みやすい言葉で」と意訳されたものです。この英詩には続きがあります。それは「咲くということは、仕方がないと諦めることではありません。それは笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと証明することなのです」というものです。私はこの続きの部分も含めて、この言葉がとても好きです。

おそらくは誰でも不本意な境遇に身を置いた経験がおありでしょう。今がそうだという人もいらっしゃるかもしれません。お尋ねの方のように「逃げたいのに逃げられない」という境遇で、誰にも相談できずに悩んでおられるかもしれません。シスターは、50年以上も信仰と修道に生きたお方ですが、それでも「こんなはずじゃなかった。逃げたくてしかたない」という思いの連続だったとおっしゃっています。

境遇を変えることは難しくても、それに向き合う心は自由です。境遇が変えられないからといって、あなたの心までが変えられないわけではありません。病気のためにベッドに寝たきりの人でも、心までベッドに縛られているわけではありません。病気を悲観してすさんだ気持ちになるのも、笑顔を振りまいて他の患者さんに喜びを与えるのも同じ心です。同じものを見ていても、暗い気持ちになる人もいれば、明るく前向きにとらえる人もいます。辛い境遇から逃げたいと思うか、立ち向かって自分の成長の肥やしにするかで、ずいぶんと人生は変わります。

あなたが今ここにあるのは、神様がお決めになったプランだからです。神様はきっと、その不本意な境遇でも、あなたが力を発揮することをすでにご承知なのです。あなたが出し惜しみをしている潜在的な力を引き出すために、あえてその境遇をお選びになったのでしょう。神様の親心です。そのお心に感謝して、思し召しのとおりであることを証明してみせてください。苦しいことや悲しいことが続くかもしれません。でもそれは必ず終わります。聖書には「神様は力に余る試練を決してお与えにならない。試練には、それに耐えられるように逃れる道を備えてくださる」とあります。心配せずに自分の力を信じて、笑顔で歩いてください。その時、あなたの前方には、あなたのための道が必ず延びていきます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

posted by むしょうさん at 08:32| Comment(0) | 人生相談
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