2016年12月19日

聖書と経典


このブログには、度々聖書の言葉が出てきます。私は、いわゆる“お坊さん”ですが、仏教経典と同じように、聖書を好んで読みます。経典や聖書に書かれている真理には、言葉や民族、国家や宗教の壁がありません。お釈迦さまがお説きになっても、イエス様がお説きになっても真理は真理だからです。私の心の中では両者に違いはないのです。 

聖書は「愛」を語ります。同じように、経典は「大悲」を語ります。いずれも「他者を大切に思う心」のことです。そして「この心によって、他の誰でもなく、あなた自身が幸せになるのだ」と説きます。キリスト教は2000年間、仏教は2500年間、この真理をまっすぐに説き続けてきました。これが歴史的な事実です。ところが私たちはこの事実を軽んじて、他者よりも自分を大切に思う心を優先しがちです。真理とは反対の心です。だから悲しみや苦しみが繰り返されるのです。

利己的な振る舞いは、ある意味で人間の防衛本能です。自分の命を存続させるためには仕方のないこともあります。しかしこれは程度問題です。本能は必要最小限にとどめておかなければ、他者との協調は難しくなります。人は、好むと好まざるとにかかわらず、集団で行動する動物、一人では生きられない動物だからです。私たちは本能の外側で高い理性を身につけることができます。自分にも他人にも悪さをしない程度に本能と付き合い、人生の大半を理性によってコントロールする力があるのです。そしてこの理性は、聖書や経典に書かれている真理に基づいています。実際に手にとって読んでみましょう。その価値は十分にありそうです。

posted by むしょうさん at 09:25| Comment(0) | 人生相談
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。