2017年03月23日

『修証義』 第19節


「しゅしょうぎ」は、道元禅師(1200−1253)のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて、仏さまの教えを優しく解説しています。皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業は私のライフワークになりつつあります。私の等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いです。

【現代語訳】
菩提心を心に抱いたなら、たとえ子供であっても善き教師です。お釈迦様と同じ人類の師です。年齢や性別で差別をしてはいけません。ただ菩提心を起こしているか否かの区別があるだけです。これは仏教の大原則です。

【ミニ法話】
菩提心とは、自分の利益よりも人の利益を優先するということです。自分の楽しみや喜びは、ひとまず後回しにして、人の楽しみや喜びのために努力することを言います。この心を持った人なら、その人は私たちを幸せへと導いてくれる尊い人です。子供だから、弱いから、愚かだから、と言って決して軽んじてはいけません。菩提心を持つとは、それほど重大なことなのです。「区別」はあっても「差別」を決して許さないのが仏教です。

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2017年01月13日

『修証義』 第18節


「しゅしょうぎ」は、道元禅師(1200−1253)のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて、仏さまの教えを優しく解説しています。皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業は私のライフワークになりつつあります。私の等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いです。

【現代語訳】
菩提心(ぼだいしん)を起こすとは、自分が仏になるより先に一切衆生を仏にしようと誓願し、実際にそのように生きることです。たとえ在家者であろうと出家者であろうと、苦しい状態にあろうと楽しい状態にあろうと、置かれた状況に関係なく、一日も早く「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」の心を起こすのがよいのです。

【ミニ法話】
まったくの偶然ですが、新年最初の『修証義』がこの節であることを嬉しく思います。 年の初めは、誰にとっても誓いを立てやすいもの。最初の誓いは、是非この「自末得度先度他」であってほしいと思います。これは平たく言えば、自分の利益よりも人の利益を優先するということです。自分の楽しみや喜びはひとまず後回しにして、人の楽しみや喜びのために努力することを言います。だからと言って自分が損をすることはありません。後の節でも出てきますが、結局はそれが自分の幸せに直結するのです。そしてこの誓いは、何か特別な才能を持った人に限るのではなく、年齢も性別も地位も関係なく誰でも持つことができるのです。

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2016年12月21日

『修証義』 第17節


「しゅしょうぎ」は、道元禅師(1200−1253)のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて、仏さまの教えを優しく解説しています。皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業は私のライフワークになりつつあります。私の等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いです。

【第17節 現代語訳】
常に戒律を守って生活をしておられたお釈迦様は、世俗の人々が抱くような欲望に心が囚われることはありませんでした。今、受戒して戒律とともに生きる私たちも同じです。たとえば、同じ風景を見ても、仏の子と世俗の人とでは異なって見るものです。世俗の人は、土や草さえも欲望の対象として見ますが、仏の子は、土も草も石ころもすべて平等に仏の教えを顕わしたものと見ます。風も雨も仏の教えとなって、私たちが一刻も早くさとりを得られるように助けてくれていると捉えるのです。これが受戒の功徳であり、人間の意思やはからいを超えたものです。そしてこの功徳によって私たちは、菩提心を起こすことができるのです。

【ミニ法話】
長い鉛筆と短い鉛筆があります。ただ「長い」と「短い」だけなら、二本の鉛筆の違いを表現しただけです。目に見えるとおりの正しい事実認識と言えます。ところが「長い鉛筆は良い」「短い鉛筆は悪い」と言った時には、正しい事実認識から離れて自分勝手な考えに支配されます。善し悪しの基準は人それぞれで、いわば思い込みのようなものです。あなたにとっては気分を害する短い鉛筆でも、別の人にとっては使い心地の良い短い鉛筆かもしれません。あなたの勝手な思い込みが鉛筆から本来の価値を奪ったのです。鉛筆は鉛筆です。文字を書く価値に変わりはありません。私たちはこれと同じ過ちを鉛筆の他にもしているのではないでしょうか。
受戒して仏の子として生きることで、私たちは思い込みを減らすことができます。そうして思い込みが無くなった後に見る世界は、土や草や石ころでさえ、あるべき姿、ありのままの姿、本来の価値を現わすのです。そこに上下や優劣はありません。価値の比較がない完全なる平等、これがお釈迦様の言う“さとり”です。“さとり”は外からやって来るのではありません。一切の思い込みを無くしたあなたの心のあり様が、そのまま“さとり”なのです。物事には区別があります。しかし決して差別をしてはならないのです。

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2016年12月05日

『修証義』 第16節

「しゅしょうぎ」は、道元禅師(1200−1253)のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて、仏さまの教えを優しく解説しています。皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業は私のライフワークになりつつあります。私の等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いです。

【第16節 現代語訳】
これらの〔十六条の〕戒律を授かれば、お釈迦様と同じさとりを得ることが約束されるのです。賢明な人で、これを願わない人がいるでしょうか。お釈迦様は次のように仰っています。「受戒した人々は、仏の仲間入りをしたのである。仏と同じ位に就くことが約束されたのである。仏の子になったということである」と。

【ミニ法話】
受戒を機に、私たちは「仏の子」となります。正真正銘の「仏」へと至る道、それも脇道のない一本道を歩み始めるのです。これはたいへん重大な転機です。なぜなら、受戒するまでは俗世の人間として無闇に罪を犯し続けていたのが、受戒した後は「仏の子」という自覚のもとに、仏として振る舞うようになるからです。「殺さない」という戒律は「殺せない」に、「嘘を言わない」という戒律は「嘘を言えない」に昇華していきます。仏として振る舞い続けるには忍耐(忍辱)と努力(精進)が必要です。私たちの心はとても弱く、油断すると、もとの俗世の感覚に戻ってしまうからです。努力は、さとりを得て「仏」となる日まで続きます。ある高僧は努力について「仏の生き方を真似ることだ。一日真似れば一日の真似。二日真似れば二日の真似。一生真似れば本物」と言いました。では、「仏の生き方」とは何でしょうか。それは「他人の幸福のために生きる」というただ一点です。

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2016年11月05日

『修証義』 第15節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp


【第15節 現代語訳】
「三帰戒」を受戒した後は「三聚浄戒(さんじゅじょうかい)」を受戒しなさい。三聚浄戒とは、三つの清らかな戒律のことです。

一、悪いことをしない。
二、善いことをする。
三、人の役に立つことをする。

いずれも行いだけでなく、心と言葉でも守らなければなりません。三聚浄戒を受戒したら、次に「十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)」を受戒しなさい。十重禁戒とは、十の重い悪事を禁じる戒律のことです。

一、殺さない。
二、盗まない。
三、邪な愛欲をもたない。
四、嘘を言わない。
五、酒や薬物に近づかない。
六、人の過ちを責めない。
七、自慢話をしない。人を批判しない。
八、物惜しみしない。
九、怒らない。
十、三宝を疑わない。

以上の「三帰戒」と「三聚浄戒」と「十重禁戒」の十六ヶ条の戒律は、お釈迦様の時代から人々がずっと守り継いできたものなのです。

【ミニ法話】
十の戒律の内、実に四つまでもが言葉に関する戒律であることにお気づきでしょうか。「嘘を言わない」・「人の過ちを責めない」・「自慢話をしない、人を批判しない」・「怒らない」の四つです。私たちは毎日何かしらの罪を犯して、それによって苦しんだり悲しんだりします。その原因の四割は、私たちの言葉にあるのです。「そのような言葉を口にしないためにはどうすればいいですか」との弟子の問いに対してお釈迦様は「常に気をつけていなさい」とだけ答えました。つまりそれは、相手の言葉にすぐに反応しないで少し考えてからゆっくり答えるということです。この慎重な態度は、あなたの言葉の数を減らすことでしょう。会話の空白を無理に埋めようとせず、にっこり微笑んで沈黙することも大切なのです。
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2016年10月19日

『修証義』 第14節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第14節 現代語訳】
三帰戒の持つ目に見えない力は、あなたと仏さまの心が響き合ったときに発揮されます。たとえどんな苦境にあっても、仏さまと心を響き合わすことはできます。それには、仏さまと、その教えと、教えを守り継ぐ仏弟子を深く信じ敬うことです。このようにして三宝に帰依したからには、あなたの行為はすべてが最高の智慧(さとり)を得るための功徳となります。胆に銘じておきなさい。三宝に帰依するとは、スタートと同時にゴールを得るようなものなのです。三帰戒は本当に不思議な力を秘めています。このことは、仏さまが身をもってお示しです。あなたはただこれを信じて受け入れればよいのです。

【用語解説】 三宝(さんぼう)に帰依(きえ)する
三宝とは、仏教における三つの宝です。お釈迦様ご本人と、お釈迦様の説く教えと、その教えを守り継ぐ仏弟子(僧侶)のことです。これを「仏法僧(ぶっぽうそう)」と言います。帰依とは、必ずしも特定教団への入信を意味するのではなく、心から敬いこれを生涯の頼りとすることを言います。

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2016年10月11日

『修証義』 第13節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第13節 現代語訳】
三宝に帰依するとは、信心を清らかに保ちながら合掌し頭を下げて、声に出して次のように唱えることです。「南無帰依仏(なむきえぶつ)、南無帰依法(なむきえほう)、南無帰依僧(なむきえそう)」と。仏(お釈迦様)は、たくさんの師の中でも第一の師であるから帰依するのです。法は、人間の苦しみを癒やす良薬であるから帰依するのです。僧は、ともに切磋琢磨し助け合えるすぐれた仲間であるから帰依するのです。仏弟子になるためには、必ず三宝に帰依しなければなりません。そしてこれを戒律として師から授からなければなりません。これを「三帰戒」といいます。他の戒律を授かるにしても、必ず「三帰戒」を授かるのが先です。なぜなら「三帰戒」の持つ目に見えない力があなたを助けてくれるからです。このお助けによって他の戒律を実践することができるのです。

【用語解説】 三宝(さんぼう)に帰依(きえ)する
三宝とは、仏教における三つの宝です。お釈迦様ご本人と、お釈迦様の説く教えと、その教えを守り継ぐ仏弟子のことです。これを「仏法僧(ぶっぽうそう)」と言います。帰依とは、必ずしも特定教団への入信を意味するのではなく、心から敬いこれを生涯の頼りとすることを言います。

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2016年09月23日

『修証義』 第12節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第12節 現代語訳】
残念なことですが、世間には、「三宝」の名すら聞いたことがないという人々も多いのです。そういう人々は、自分の手に負えないような苦しいことが起こると、占いを信じたり、神に頼ったりします。そのようなことをしても問題の解決にはなりません。一刻も早く、仏法僧の三宝を敬い、これを頼りとしなさい。人間の諸々の苦しみを除くための現実的で具体的な方法を教えてくれるのは三宝だけです。そして最後には、何ものにも脅かされない心の平安を得ることができるのです。

【用語解説】 三宝(さんぼう)
三宝とは、仏教における三つの宝です。お釈迦様ご本人と、お釈迦様の説く教えと、その教えを守り継ぐ仏弟子のことです。これを「仏法僧(ぶっぽうそう)」といいます。


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2016年09月13日

『修証義』 第11節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第11節 現代語訳】
次に三宝を厚く敬いなさい。何度生まれ変わろうとも、どんな身になろうとも、三宝を敬う心を忘れてはいけません。仏教がインドから中国へ、中国から日本へ伝わる間、人々が正しく伝えてきたのは、三宝を敬う心だったのです。

【用語解説】 三宝(さんぼう)
三宝とは、仏教における三つの宝です。お釈迦様ご本人と、お釈迦様の説く教えと、その教えを守り継ぐ仏弟子のことです。これを「仏法僧(ぶっぽうそう)」といいます。


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2016年09月03日

『修証義』 第10節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200−1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第10節 現代語訳】
懴悔する時は、〔第9節の祈りの後に〕次のように声に出して唱えなさい。

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋癡(かいゆむしとんじんち)
従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

この意味は「昔から私が造り続けてきた悪業は、貪りと怒りと無知が原因となって、心と言葉と行いに現れたものです。私は今、それらすべてについて懴悔いたします」です。このように唱えて懺悔するから、目には見えない仏さまのお助けをいただけるのです。心から反省し、合掌し頭を下げて、これまでの罪を洗いざらい仏さまにに白状しなさい。そうすることで、罪が根っこから消え去るのです。

【用語解説】 我昔所造諸悪業・・・
この短いお経は『懺悔文(さんげもん)』といいます。人は誰でも罪を犯します。罪を犯したままにするのではなく、心から反省して二度と同じ過ちは繰り返さないと仏さまに誓うのです。懺悔する力、これこそ人間が他の生命と大きく異なる証しです。


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posted by むしょうさん at 19:25| Comment(0) | 現代語訳『修証義』